――こんなところで寝ている場合ではないのに――
――だって今日は――――――
だんだんと意識が暗闇から光のある方へのぼっていく。
その間も頭痛が止むことはなく、この痛みが夢か現実か分からずに、とにかくこの痛みから解放されたいと願っていると、目の前にパアァァと光が広がってハッと目を見開いた。
そこには、今までの人生で見たことのない景色が広がっていたのだった。 「え……何?この部屋……………………」目が覚めて最初に飛び込んできた景色は、よくあるおとぎ話に出てくるお姫様のような部屋だった。
さっきまでうなされていたのか、額には汗が滲んでいる。 「ここは日本、じゃない……?」ベッドに寝ながら呟いたひと言は、静まり返っている部屋に虚しく響いただけだった。
私は大学でバレーボール部に所属していて、今日は春季リーグがある大事な日。そして、そんな日に限って寝坊したものだから、焦りながら走って試合会場へ向かったはず……会場近くの横断歩道を渡れば着くと思ったところでトラックが………………こちらに向かってきたところまでは覚えている。
その後は? まさか私、あのトラックにはねられて……? 「うそ…………そんなの信じない…………」背が高い事がコンプレックスで、何か自分に自信をつけたいとバレーボールを始めた。
そしてそのバレーボールで強豪の大学に入る事が出来、レギュラーにもなれて優勝目指して頑張っていたのに……練習を頑張り過ぎて寝坊してしまうなんて。何が現実で何が夢なのか、訳が分からないのでひとまず体を起こしてみる。
――――ズキーンッ―――― 起き上がった瞬間に頭が異常なほど痛みだし、ズキズキするので布団の上でうずくまってしまう。 痛すぎる――――もし死んだとしてもどうして頭が痛むの?死後の世界なら痛みなんてないハズじゃ――――そこまで考えて、ふと違う考えが私の頭を過ぎっていった。
ここは死後の世界じゃないかもしれない……布団は妙にリアルだし、周りの景色もリアルな感じがするのよね。頭は痛むけれど、ここがどこなのか整理しないと落ち着かない。 体は動かしても痛みなどはないようなので、すぐにベッドから下りて動き始めてみた。 でも微妙に自分の体に違和感を感じるのだ。 「…………凄い胸が大きいわ…………Fカップ?Gかな?こんなに大きいと凄く動きにくいじゃない……」明らかにバレーボールをしていた時の体型ではない事はよく分かる。じゃあ私は誰なの?
そう思ってドレッサーを覗いてみると、そこに映っていたのは全く別人だったのだ。 ブラウンアッシュの長い髪がウェーブがかっていて、胸は豊かに育ったおかげで着ているネグリジェのような服がぴちぴちしてしまっている。でも脚はスラリととても長く、張りのあるヒップを持ったスタイル抜群の美女。
「これが、私?…………凄い美人。それにナイスバディだわ……この顔、どこかで見た事があるんだけど…………あ!」思い出して大きな声を上げてしまったので、思わず両手で口をつぐむ。
危なかった……今誰かが入ってきても対応出来ないわ。 そうしてもう一度鏡に映った自分を見てみると、この人物が誰なのか、すぐに理解する。 「この顔はクラウディア先生じゃない……」クラウディアという女性は<ドロテア魔法学園~unlimited~>というゲームでプレイヤーが選べるキャラクターの一人。
本名はクラウディア・ロヴェーヌ、公爵家の一人娘で私と同じ21歳だったはず。
このゲームはファンタジー世界を舞台としたアクションゲーム。クラウディアは公爵令嬢でありながら優秀な魔力と風魔法の能力を持っていた。
そしてドロテア魔法学園の先生でもあり、男をたぶらかす妖艶な悪女という設定のキャラクターだった。 何よりこのクラウディア先生は、性格がとても高慢なので全体的にファンは少ない(男性ファンがほとんど) でも私は自分に正直な彼女が大好きだったんだ。他人に気を遣ってばかりの自分とは全く正反対だし、信念を曲げず、時々カッコいいセリフを言うところに憧れもあって、よくクラウディア先生でプレイしていた記憶がある。
魔法世界を堪能しながらプレイヤーが個人でミッションをクリアしてレベル上げをしていったり、協力プレイで大量の魔物を次々と倒していくのが爽快なゲームとして人気だった。 最終ステージにはちゃんとラスボスもいて……何回も何回もクリアしたな。物凄い時間数をプレイしたし…………って、もしかして、ここって―――― 「ドロテア魔法学園の世界なの?」私が声に出してそう呟いた瞬間、ドアがコンコンとノックされる。
「はい?」「お嬢様、失礼いたします」
私の声を聞いて入ってきたのは、同じ年齢くらいの黒い髪を後ろで束ねている女性だった。恐らくクラウディア先生の侍女なのだろう、お嬢様って言っていたし。
「目が覚めていたのですね!良かったです…………頭は痛くないですか?」侍女と思われる女性が頭痛について聞いてきたので、思わず食い気味に答えてしまう。
「すっごく痛くて…………どこかにぶつけたのよね?記憶が曖昧だから教えてくれるとありがたいのだけど」私がそう言うと、侍女はキョトンとした表情で驚いた顔をした。そういえばクラウディア先生は高慢な性格だったんだわ……こんな風に丁寧に聞くような人じゃないはず。
でも嫌な態度をワザと取り続けるのも苦手だし、頭が痛い状況で演技するのも辛いので普通に接するしかなかった。 「あ、頭をぶつけてしまったので記憶が混乱しているのですね!お嬢様は学園の階段から転がり落ちてしまったのです……意識がないまま3日も寝たきりだったので、このセリーヌ、生きた心地がしませんでしたよ!」そう言って涙を流しながら喜んでくれる目の前の女性の存在に救われる気持ちだった。この人はちゃんとクラウディア先生を大事に思っているのね。
クラウディア先生は嫌われ役なので周りに敵も多いし、侍女にも嫌われているのではって思ってたからちょっと不安だったのよね。 セリーヌって言うんだ、仲良くできそう。 「セリーヌ、ありがとう。心配かけてごめんね」私がそう言うと、セリーヌは何かの宇宙外生命体を見ているような目で私を見つめてくるので、とりあえずその場は笑って誤魔化す事にしたのだった。
「あははっまだ調子が戻らないみたいだからベッドで休もう、か――――っ」まだ言い終わらないうちにまた酷い頭痛が襲ってきて、私の体がグラついてしまったところをセリーヌが支えてくれる。
「お嬢様!無理はなさらないでくださいっ!」「ご、ごめん、セリーヌ…………まだちょっと無理みたい……」
私たちがそんなやり取りをしていると、突然扉がバンッと勢いよく開いた。
「何事だ?何かあったのか?!」そう言って部屋に飛び込んできたのは、柔らかい金髪をなびかせた超絶イケメンの見るからに高貴な男性だった。待って、見たことあるわ…………この人はまさか……
「シグムント殿下…………」ドロテア魔法学園ゲーム内でプレイヤーが選べるキャラクターの一人、このゲームでは一番人気の王太子殿下であるシグムント・フォン・ドロテア、その人だった。
「ちょっと…………その子たちをどうするつもり?!」 『見て分からぬか?こうするのだ』 説明するよりも先に自身の指を細かく動かし、その動きに合わせるように生徒たちが動き出してこちらへ駆けて来た。 この子たちを使って私を攻撃しようと言うの?! 「[神聖衝撃魔法]ホーリーインパクト!」 咄嗟に口をついて出てきた言葉は聖なる力の衝撃波だった。それによって魔物化した生徒たちはまた吹き飛ばされて木に衝突し、ぐったりと項垂れてしまう。 「ああ!ごめんね!」 一人の生徒に駆け寄って生死の確認をすると、魔物化しているとは言え呼吸をしているのを確認する事が出来て、ホッと胸をなでおろす。 『それ、まだ終わりではないぞ。いくらでも操る事が出来るのだから……フフッ』 ロキが不穏な言葉を発したかと思うと、意識のない魔物化した生徒たちは無理矢理体を動かされて従わされていた。 こんな事したくないわよね……苦しいよね………… 私の中で激しい怒りがわき起こり、生徒たちそっちのけでロキの方へ足早に向かっていった。 『何だ?自ら殺されに来たというのか?』 私がやられっぱなしだから完全に油断しているロキは、防御する素振りさえ見せない。 ロキの目の前まで来て足を止め、彼に向き合うと、何をしに来たのかと楽しそうにニヤニヤ笑っていた。か弱い貴族女性だと思って自分がやられるとは微塵も思ってないわけね。 私は自分の右腕に聖魔法をかけていく。 「…………[攻撃補助魔法]クルセイド………………その薄ら笑いを止めなさい!!!!」 ――――バチィィッッン!!―――― 『ぐぁぁっ!』 私は自身の利き腕に思いっきり攻撃能力向上の魔法をかけて怒りの平手打ちをロキに叩きつけ、彼はすぐ後ろの大きな木に叩きつけられたのだった。 「綺麗にアタックが決まったといったところかしら」 元バレーボール部の腕の振りは健在だったかな。腕力は前世に比べるとまるでなかったので、自分の腕を何百倍も強化したのだけど、こういう攻撃のしかたも有効ね。 聖属性の攻撃補助魔法だったのでロキには効果絶大で、頬は赤く腫れあがって顔が少し歪んでいる。 どうせ変形できるのだからすぐに直せるのでしょうけど。 木に叩きつけられて座り込んではいるものの、魔王なのでさすがに肉体が強いのか、決定的なダメージを与えてい
私がカリプソ先生の異変を感じた日、ディアに会う為に公爵邸に向かうと、その日の彼女は酷く動揺していた。 ひとまず遅い時間に訪問した事を詫びながら、急ぎの話があると伝える。 「クラウディア……遅い時間にすまない。急ぎで君に伝えておかなければならない事があるんだ」 「急ぎで?分かったわ、もう外は暗いし私の部屋でいい?」 「え?あ、ああ……そうだな」 自分で遅い時間に訪ねておきながら、彼女の自室に招かれると動揺している自分がいるとは情けない。 この時間では外でお茶など無理な事くらい分かるものなのに、彼女の事になるとそんな事も頭からすっ飛んでしまうとは……自分に呆れながらも自室でお茶を出来る事に喜んでいる自分に活を入れたのだった。 ディアの部屋に入ると、彼女の匂いに包まれてとても幸せな気持ちになる。 私は変態ではないが、ちょっと変態に近い思考になってしまうのは想いをよせる相手だからだと自分自身に言い訳をして、必死に誤魔化した。 2人で話し始めると、カリプソ先生の名前を出したところで彼女からストップがかかった。 そして彼女の美しい瞳からハラハラと綺麗な涙が流れ落ちたのだ。 彼女の涙を見るのは幼い頃以来なので物凄く動揺してしまい、思わず膝をついて彼女に駆け寄る。 気丈で滅多に弱さを見せない彼女がこんな風に涙を流すとは……いったいディアは何を抱えているんだろう。 涙が止まってほしいと思う反面、美しい泣き顔にずっと見ていたい気持ちになり、不謹慎な自分を戒めた。 私の責任を半分こしようと言った彼女が愛おしいし、きっと私もディアが苦しんでいたら同じようにしてあげたいと思うだろうから、彼女にも同じ言葉を返す。 「ディア……君が抱えているものを私にも分けてほしい。以前君が私に言っただろう?責任を半分こしようと。こういう時こそ半分こするべきなのではないか?」 私は上手く言葉を返す事が出来ているだろうか。不安になりながら彼女の表情をうかがっていると、少し照れながら「…………じゃあお願いしようかな」と返してくれたのだった。 その時の喜びは人生で一番と言ってもいいもので、いつも表情を緩めないようにしていたが、その時ばかりは破顔していた。 そしてその時に抱きしめた彼女の温もりと唇の感触、甘い匂いは私の中でずっと残り続け、このまま学園祭まで気持ちを伝えずにいる
「やっぱり姿を戻す事は出来なかった……」 独り言のように呟いてカリプソ先生の方を見ると、若干苦しそうな様子を見せていた。 少しは効いてるって事?でもこの程度じゃいつまで経っても祓う事は出来ない…………カリプソ先生も中に入られているだけだから、傷つけたくはない。 どうにかして皆から魔王らしきものの存在を追い出さなくてはならない。 私が考えあぐねていると、カリプソ先生はどんどん苦しそうな表情になっていった。 『っ…………ぐっ…………申し訳ございません……今すぐ始末いたします……か、ら――――――』 どうやら私に謝っているようではなさそうだけど……。 誰かに対して必死に謝っている、というより懇願していると言った方がいいかもしれない。 私には一部しか聞こえないので、何を言っているのかハッキリと分からず、とても苦しそうだし涙目だったので、じりじりカリプソ先生に近づいていきながら声をかけてみたのだった。 「……カリプソ先生?…………どうし……」 『私に触るな!!!!』 カリプソ先生が悲鳴にも似た叫び声で私を拒否したと同時に、ドォォンッ!!と衝撃が走り、私は少し吹き飛ばされてしまう。 地面は緩い地震のように揺れながら、ゴゴゴゴゴゴ……と地鳴りのような振動が体に伝わってきて、うまく立ち上がる事が出来ない。 まるで大地がその存在を恐怖しているかのよう……そして何とか顔を上げるとカリプソ先生の口から大量の黒い物体が溢れ出していて、みるみるうちに彼女をその黒い物体が包み込んでいくのが目に入ってきた。 これは瘴気ではない。モヤというよりももっと濃い物体で、明らかに意思を持って動いている。 こんなものが彼女の体の中にいたなんて――――カリプソ先生の感情が爆発した事で溢れ出るかのように姿を現し、あっという間に彼女を飲み込んでしまった。 そして”ソレ”は魔物が形成されるかのようにどんどん形を歪めていき、やがて1つの個体を築き上げていく。 まるで芸術作品が作り上がっていく過程を見せられているかのようだけど、形作られた”ソレ”は、感動的なものではなく、私を絶望的にさせるものだった。 「あ……やはりあなたは………………魔王ロキ……」 『………………フ、フフッ…………ようやく表に出る事が出来た…………実に使い勝手のいい女だった』 造り上げた自分
早歩きで庭園に向かうと、まだ授業中というだけあって庭園に人影はなく、静まり返っていた。 この庭園の少し奥に立ち入り禁止のチェーンがかけられていて、そこから先は一定の魔力量の者以外は立ち入る事は出来ない。 1~3年生の生徒が入ってしまっては大変だからだ。 4年生ともなると魔力量がずば抜けている生徒も出てくるので入れてしまう子もいるけど、入学当時から立ち入り禁止とされている場所なので近づく者はいなかった。 まさか私のクラスの生徒が入るとは思わなかった…………もしかしたら直接的ではないにしても課外授業での瘴気に中てられてしまったのかもしれない。 迷いの森とされているので、奥の方に入ったら見つけるのは困難だわ。 「それにしても入口付近で遊んでいたと聞いたけど、全然姿が見えないわね。まさかもっと奥に入ってしまったのかしら……」 「おそらく……入ってみようぜ、みたいな話をしていましたので。止めている者いましたが」 「なんて事……急いで捜しにいかなくては。私は少し入ってみるので、誰か先生方を呼んできてちょうだい!」 「分かりました」 一人の男子生徒が返事をしてくれたので、私は森に向き直り、意を決して入る事にした。 さすがに私の魔力量なら入れるわね。生徒でも入れたくらいだし、それもそうかと一人で納得する。 すると立ち入り禁止の鎖がある場所から少し入ったところに、カリプソ先生の後ろ姿が見えた。静かに、ただじっと立っているだけといった感じだったので不思議に思い、声をかけてみた。 「カリプソ先生?ここに風クラスの生徒が入ってきませんでしたか?」 私の声を聞いてゆっくりと振り返ったカリプソ先生は、いつものように可憐な笑顔でニッコリと笑ったかと思うと「いいえ、見ておりませんわ」とだけ答えた。 「そう、なのですか……失礼ですけど先生は、どうしてここに?ここは先生と言えども立ち入り禁止のはずです」 私は単純に疑問に思った事を聞いてみる事にした。 ここに入ってはいけないのは、何も生徒だけではない。たとえ理事長であろうとも入ってはいけないのに、どうして彼女はここで立っていたのだろう……私は自分で質問しておいて嫌な予感が止まらなかった。 『うふふっあなたを待っていたのですわ、クラウディア先生……待ちくたびれましたわ』 その声は、カリプソ先生のいつもの声
ダンティエス校長が去ったドアを見つめながら、そろそろ本気で自分の気持ちをジークに伝えないといけないなと考えをめぐらせていた。 今日課外授業に行ってみて、外の世界がここまで危険に満ちているとは思わず、自分の考えが甘かった事を痛感する。 中にいれば今は比較的安全かもしれないけど、それはずっと続くものではない。 このまま放置していてもゆくゆくは王都も危険な状況になってしまうのなら、この邪の気配の根源を消し去らなければ――――きっと私の力はその為にあるのだと思う。 色んな事にけじめをつけないと。 「ダンテが気になる?」 「わっ!」 すっかり考え事をしていた私のすぐ後ろからジークの声が聞こえてきて、驚きのあまり変な声が出てしまう。 恥ずかしくてゆっくりと振り返ると、真剣な表情のジークがすぐ近くに立っていた。 「ずっとダンテが去ったドアを見つめているから」 「いいえ、違うの。考え事をしていただけよ。これからの事とか色々…………」 「これからの事?」 この世界の事、ジークにどうやって説明をすればいいんだろう。ここはゲームの世界で魔王を倒さないと世界が危ない……なんて伝えたらさすがに頭がおかしい人間に思われるわね。 私は、言いたくても言えないもどかしさに苦笑するしかなかった。 「………………そうやって言ってくれないなら……こうするしかないな」 「え?」 彼が何を言っているのか分からなくて聞き返すと、ジークの瞳が怪しく光り出し――――思い切り脇をくすぐられてしまうのだった。 「な、何を!あははっやめて~~あはっ、うふふ、ふ、くすぐったいっ!」 「言う気になったか?君が抱えているものを私と半分こしようと話したばかりではないか」 くすぐりながらも真剣な表情で伝えてくるので、私は観念して自分が感じている事を話そうと決意した。 どの道言わなければならない時はやってくるだろうし、ゲームの世界であるという事は言えないけど、これから起こるだろう事案は伝える事ができるかもしれない。 「わ、分かったわ!話すからっ」 「よろしい」 すぐにくすぐるのを止めてくれたジークは、私の言葉に満足気だった……なんだかいいように流された感じがしなくもない。 満足気な彼の顔を見ながら若干私があきれ顔をしていると、突然彼の腕にすっぽりと収められてしまう。 そし
私はヴィスコンティ子爵家の一人娘、カリプソ・ヴィスコンティ。土魔法を得意とし、ドロテア魔法学園の養護教諭をしている。 身分は低かったけれど幼い頃、両親はこれでもかというくらい私を可愛がってくれたし、お姫様のように扱ってくれた。 私が4歳の時にお母様が亡くなり、それまではとても幸せだったのを今でも覚えている。 でもお母様が亡くなるとお父様が豹変し、私に厳しく当たるようになった。 私は最初、その理由が分からずとても悲しかったわ。お父様を恨んだ事もあったし、どうして私がこんな目に……と悲劇のヒロインのように思っていた時もある。 でも少し大きくなった時、お父様と誰かが話している声が聞こえてきた―――― 「ご令嬢はあなた様の娘ではないと?」 「あの者は妻がよそで作った子供で私とは全く血のつながりはありません。どうか引き取ってくれませんかね?」 お父様は何を言っているの?あんなに私を可愛がってくれてたじゃない。二人とも仲が良さそうだったし、二人の子供じゃないなんて嘘よ! 私は到底信じられず、お父様に詰め寄り、どういう事なのか説明を求めた。 すると信じられないような事を言い始める。 「お前の母親は私と婚約している時に私との子供が出来たと嘘を言っていたんだ。アイツが死んだ後に父親だと名乗る男がやってきた……そいつはお前の母親の邸に勤める使用人だったのだ。私はまんまとハメられ、お前を本当の娘として慈しんでしまった…………何の血の繋がりもないお前を私が育てる理由がどこにある?」 お父様はそう言うと、憎悪の対象を見るような目で私を見据え、顔を逸らした。 私は必死で泣きつき、とにかく役に立つから捨てないでほしいと懇願したのだった。 無様だわ――――でもまだ10歳にもなっていない私には、こうする他なかった。 私があまりにも必死で面倒だったのかは今となっては分からないけど、お父様は思い止まり、私を子爵家の令嬢として邸に置いておく事にしてくれた。 私はむしろありがたいとすら思っている。浮気した女、嘘をついて結婚した女の子供を貴族令嬢として生きる事を許可してくれたのだから。 この恩は一生かかっても返していこうと決意する。 使用人たちにどんなに冷たい目を向けられても、言葉を交わしてくれなくても、とにかく貴族令嬢として恥ずかしくないようにと色々な教育を頑